川辺の過ち

原題「河辺的錯誤」。昨日FILMEXにて。「活きる」「血を売る男」の余華による同名小説を原作に、21年に同じくFILMEXで「永安鎮の物語集」が上映された魏書鈞監督が16ミリフィルムで映画化。まだあと1回上映があるので内容は書かずにおきますが「永安鎮〜」を見た時はあまり強く印象に残らなかった(失礼)のとうってかわってこの最新作は脳裏に焼きつく緊張感とインパクト。傑作、かもしれない…! かもしれないというのは見終わった直後は「すごい!」とエキサイトしそのあと自分の中でいろいろ引きずって解釈が微妙に揺れ動いたため。しかしまちがいなく歯ごたえ十分な、ぞくぞくさせられる不条理劇的クライム・サスペンスでした。にしても自分が映画祭で見てきた範囲内での感触では90年台の地方都市を舞台にした鬱々として不穏な人間ドラマは「迫り来る嵐」といい「ロングショット」といい「平原のモーセ」といい力作が多く、香港だけでなく中国本土においても97年前後の社会というのは中国の若手監督の作家性を刺激する時代だったように思えてならない中国ニューウエーブの1つの重要な鉱脈という気がいたします。(ちなみに未読ながら余華の原作では80年台が舞台らしくそれを映画版は90年台に改編したわけです)

以下余談。CJIFFで上映された「消えた彼女」のときもそうだったんですが主演の朱一龍は梁朝偉に見えてしまう瞬間が何度もあって脳内バグりかけ、劇中で○○が○○(意味不明ですみません)するシーンなどもう無間道のヤンかと。でも別のシーンではさほど似てなかったりするし、おそらくご本人も似てると言われても困るでしょうね。。それともう1つ別件で、映画祭公式サイトの紹介で監督の名前がカタカナ表記とアルファベット表記、主人公の名前がMa Zheとアルファベット表記のみ、そして監督のフィルモグラフィーで過去作品の2本が「On the Border」「Striding Into the Wind」と英語タイトルで紹介されているのは元の資料が英文だったかと拝察しますが中国映画なので作品の中文題と監督の名前・魏書鈞と主人公の名前・馬哲、および2本の作品名に「延辺少年」「野馬分鬃」と漢字表記もほしいところです。